初日に見てきた。サントラを聴きながら思い出しつつの雑感。
ネタバレあり。ちなみに私は踊る劇場版シリーズだと、OD2>OD1=ODNの順ぐらいです。でもほぼ僅差です。
以下感想。
・最初のセブンベアのアニメーション、無駄に作画良くて笑う。意味わからんところにお金かけてる感じがして「あ、踊る始まったな」と感じた。冒頭に事件と一件無関係な映像流して後々の展開に効かせてくる演出といえばOD2。OD2ほどの繋がり方はしなかったけど、セブンベア自体は好き。
・冒頭の湾岸エリアから始まった空撮が1カットでぐーーーっっと都会を眺望して都庁までいたり、這うように下降して身代金持った安住さんへ、、という流れでもう大満足した。本広節ぃ。
・このアバンタイトルのくだりは超満足だった。ハイテンポな音楽と機動的なカメラワーク、群衆を使った情報量のある絵作り、どたどた走る青島を追随する緊迫感のある警察側の実況、矢継ぎ早に投入されるシリーズキャラたち。犯人の正体の時点で「あ、これ定番のすかしかもな」と思ったがそれでも楽しめた。踊るはオープニング映像をすごく楽しみにしているところがあるものの、今回ほぼそれなし。オープニングないのはだいぶ思い切った判断だけど、逆に「新しいシリーズ始まる」感があって良いです。全編通じて一番アドレナリンがどぱどぱ出る場面だった。シリーズキャラの大量投入は主にこのアバンに集中していたけど、各自にちゃんと役割と見せ場があったのも良い。
・神木隆之介ってヒット祈願のげん担ぎみたいになっとるな。
・この映画、正直、プロット周りで言ったら本当にツッコミどころまみれになってる。真下の息子さすがにその経歴でこの規模の現場束ねないだろとか、雪乃さんナチュラルに捜査会議入れないだろとか、真下そんな大事な機密事項をなんで青島に任せる、、みたいな細かいところはキリがないし、「こんな事件が起こった!蓋開けてみたらこんなでした、ズコーー」みたいな展開が何度も起こるし。毒性ウイルスの着地の仕方とか意味わからんかった。なので、減点法でみてはいけない。
・そもそもが踊るは「ずーーっと何かが起こっている」という、事件の幕の内弁当みたいな構成をとっていたのが、OD1はまだお仕事ドラマとしてリアリティがあったところをOD2以降徐々に「お仕事ファンタジー」になっていった。結果、「作劇においてどんな意味があるのか全然わからないし、リアリティにも乏しい出来事が延々と起こっていく」という自家中毒みたいな状態になってしまった。しかも、警察ドラマで、かつ映画でやる以上、ミステリーやサスペンス的な要素を織り交ぜる作劇にならざるを得ない。結果的に、コメディにもサスペンスにもミステリーにもなれない、炭酸の抜けたビールみたいな状態になってしまっている。
・ただし、踊るはそこで真っ向勝負するわけではなく、オフビートな総合力で勝負かけるところがあり、今回は「コメディもサスペンスもグダるしツッコミどころも多いんだけど、キャラクターの個性やドラマと、固有のテンションだけは譲らない」という姿勢に、「シリーズの歴史を重ねたお祭りムービー感」をブレンドすることで足元を保ってるという感じ。なので「楽しい」というところは死守しようとしている感じがしたし、実際に楽しい。整合性があるかどうかは脇においても。
・キャラクターは今回とても良くて。特に新キャラクターの面々はすぐに好きになれた。全体的に、単一のキャラだけだと印象が残らないかもしれないが(印象に強く残るのは佐藤二郎ぐらいで、やっぱり好き嫌いはあれどうまい)、みんな誰かとのかけあいが加速すればするほど個性がどんどん滲み出るタイプのキャラクターだと思う。
・真下勇気君は、キャラ設定だけだとギャグみたいな役どころなのに、物語が進むにつれてどんどん応援したくなってくる難役。佐々木蔵之介は重厚感の中に悲哀と渋みがあって、決して悪い人ではないのがわかる。演技が入ることで血の通うキャラが多い。
・謎の女子高生二人は早々に犯人だとわかる構成。最初は「いくらなんでもそんな若者いねえだろ」という気持ちがしたのだが、巡り巡って本作での重要度がすごく高いキャラな気がした。
・この二人の行動には筋が通っていないし、既存の考え方では筋を通すことができない。つまり、従来の思考の枠組み(捜査)では解釈ができない不可解な存在で、この「新しいタイプの不可解さ」に対して、「過去のレガシーの集積」と「新しい手法」の両輪で挑んでいく、という話になっている。重要なのはそのどちらか一つでもないこと。純粋な裏どり、足で稼ぐ力、昔いた組織で同僚から聞いた知識、昔の先輩の教え、そしていなくなった人が託した新しいフレームワークといった「受け継がれていく」ものと、ネットや口コミといった新しいタイプの手法。その二つが決め手になる。この女子高生二人はそのまま「新しい、不可解な世代」の象徴でもあると思うのだが、それを解釈するための手段を「レガシー」でも「新進気鋭」でもどちらでもなく、「両方」に価値があるとするのはとても好きなメッセージだった。
・ネットにだって真実があるんです、というセリフは意外性があって好きだった。正直、逆にいくと思っていた(ネットに真実はなくて、足で稼いだ事実の方が価値があるんだ、みたいな)。
・本作はこれまでのような「組織論」を声高に語ることはあんまりしていない。正しいことをしたければ偉くなれ、と言っていた踊るシリーズが「上にいかなくたって、正しいことはできる」と言い切るし、所轄と本庁は(青島の存在もあって)今回の事件についてはある程度、最初から融和して動いているようにさえ見える。どこで働くかではなく、どう働くか、どんな思いを持って働くか、に焦点が強く当たっている。
・今回、まさか踊るで泣くと思わなかったのだが数えたら3回ぐらいボロボロ泣いていた。それはODシリーズが描いてきた「組織のあり方と葛藤」について、、ではなくて、もっと個人的なところだった。青島の周りからはどんどん仲間がいなくなっていく。やめていったものもいるし、離れていったものもいる。青島も「お前のエンジンはどこにある」と聞かれて答えに窮する。室井さんがいなくなった後、本気で辞めようと思った青島は、なぜ働いているのか確信が持てなくなってきているのだと思う。
・室井さんと最後に話した時のことを語る織田裕二の演技、その流れからの辞表のぐしゃぐしゃっぷりはものすごく良かった。あんな泣ける小道具あるのか。美術の方へ大拍手したい。あの辞表のぐしゃぐしゃっぷりで、青島の葛藤の深さと長さが一瞬で映像的にわかる。すごい。
・そこでいうと休憩室のベンチにもたれて座る青島の、背中の空白がはっきり画面に印象的にうつるレイアウトとかすごい良かった。ドラマ版だとあの座り方したら、後ろにすみれさんがいたり、室井さんがいたり、するもんね。青島は絶対孤独なのに、このドラマで「孤独です」みたいなことをほとんど口にせず、いつもの青島を表に描いて、節々に演出で語る手法だったのはとても良い。こういう側面は踊るシリーズあんまりなかった気がするが、ここへきてとても効いた。
・そんな青島が若手たちと事件に取り組む中で、若手を感化し、その姿にまた気付かされる、というエネルギーの送り合いがこの映画の後半にある。はっきりとその辺をセリフでは出さない部分がまた粋。
・だってさ、働いてりゃ、仲の良かった同僚がいなくなったり、やめていったり、尊敬していた先輩がどこかへ行ってしまったり、みたいな瞬間はあるわけじゃないですか。どういう気持ちで目の前のことに向き合っていけばいいかわからないわけじゃないですか。そこへ行くと、真下Jrは超孤独だったわけで、そこへ向けての「正しいと思うことをやれば、いつか絶対幸せになる」ですよ。青島、この言葉を多分自分に向けても言ってるよね。ここの織田裕二の「ぜっったい」の言い方素晴らしかった。
・この辺で「あ、もうすみれさん出ないな」と思ってきた。出る必要がない。TVシリーズ、これまでの映画を通して組織と戦っていた青島は、今、過去の時間からくる孤独と戦ってるんだなと思うと、過去に強く属する人を視覚的に出して支えちゃダメなのよね。
・ただし、すみれさんと、そしてその課長の中西さんも、その知識をレガシーとして託していたことで青島たちの捜査を進展させる助力になっていたので、この「いないのだけど、力を貸している」感よ。
・そこで言えばAI和久さん。これ相当賛否あるのだと思うけど、個人的には結構ギリギリのラインで、あとちょっとエモがる演出だったら受け付けなかったかもしれない。全員の反応が「おお、似てるね」という感じで、あくまで和久さんではなく、和久さんを模倣した別物として扱っていたから。しかしこれも、元を辿れば湾岸署面々が残したデータが今に至って力を貸してくれる展開。
・夏美さんは出たので嬉しかった!!青島と絡みないけど。アバンに出なかったからもうダメかと思ったけど、引っ張ったねーーー。
・完全にこの辺から「過去の踊るシリーズ」のような、組織論、上層と現場の縦割りの話というより、「新しい方」を向くためにものすごくもがく話として見ていたので、台場がクライマックスになった時に、「あ、湾岸署はでないな」と思って見ていた。でもちゃんとカタルシスがあった。
・本作最大の立役者はイマーシブフォート東京。大拍手。物理的な建物の使い方とドラマの重ね方の点でこんな使い方あるんかと。やったね刀。
・イマーシブフォート東京の場面は、①:施設の特性上、怪しい奴がゴロゴロいても違和感がない。②:警察の捜査挙動自体が施設内の演出として誤解されるがゆえに無力感がすごい。という緊迫感の演出に加えて、③:テーマパークという特性上、景色を徐々に非現実的な風景にシームレスに移行できる、という演出上の利点もある。クライマックスの映像が流れるのはこの③の特性が前振りになっていないと相当トンチキだった。実際のところ冷静に考えたらトンチキなんだけど。
・あの映像は泣くでしょう。周りも号泣だった。あれは、シリーズの映像に仮託して個々人がこれまでの仕事を振り返るような、そんな時間だったようにも思う。正しいことのために仲間と戦っていた日々が褪せた光の中に次々に浮かび上がる。
・「仲間の不在と孤独、それでも前に進もうとする信念を描くなら、今のすみれさんは出ないな」と思っていたが、「振り返る意味での回想だったらあり得る」と思ってたので、ここで出てきて青島が思わず「すみれさん」とつぶやくのは本当にグッときた。いないの寂しいよね、わかる。
・こと今回の映画に関しては、すみれさんがいないことに非常にテーマ的に大きな意味がある。FINALでの「やめないでくれ」を経て、室井2部作では警察を退職していることが明らかになっている。いないの寂しいよね、観客も超わかる。いやまあ生きてるのは確定なんだけど。
・そこからの雪景色の中の室井さん。青島の「室井さーん」はあらゆるモノマネで擦られまくった超鉄板ネタとしてもはや陳腐化してしまった節すらあるけど、このシーンで遠ざかる室井さんの背中に向けて発される「室井さん!!」の声は素晴らしかった。もうなんか色んな感情が凝縮されてる叫びだった。ボロボロ泣けた。
・暗闇が晴れて、後ろから刺される青島。「大人は嫌い、ずるいから」の一言なんだけど、これ、なんとなくドラマ第一話ぐらいの青島に重なるんだよなあと。サラリーマンとして働いて小狡い組織の姿を見てきて、それが嫌になって刑事になった青島が、それからずっと歳をとってそのナイフを受けて抱き止める。
・今回の犯人について特殊なのは「加害者」なのだがそれ故に「被害者でもある」という点で。もちろん自分たちに非があるのだけど、その重荷でODを行い、さらに自殺してしまうかもしれないとされていた。青島たちは彼女らが「被害者になる前に」確保しようとするので、これはドラマ版から連綿と受け継がれる「被害者に寄り添う」姿の変奏でもあると思う。
・この後、タクシーで帰る青島が出会うのはドラマ第1話の犯人。ここの会話、最高に良い。総じてこの映画、ドラマ版第1話と超大筋では同じことをやっていて「何で俺、しんどいのにこの仕事してるんだろう」の言い換えをやっている。そのしんどさは組織由来のしんどさから「環境の変化、人間関係の変化、世代の変化」といったもっと抽象的で難しい、それこそある種「筋の通らない」不可解さを持ったしんどさになっている。あの時に同じ釜の飯を食った人たち、同じ血を流した人たちは皆、違う場所にいる。亡くなってしまった人もいる。知らないことも増えていく。知らない人もたくさん出てくる。
・お互いにそんな世界で「まだ」やってることに、労を労って別れていく。続くLove Somebodyの歌詞のなんと刺さることよ。「あの日見た夢の続きを今もおぼているから、あてもなく過ごす日々をどうにかこうにか切り抜けた 大切な人を忘れないように生きるのも難しいさ 僕らはせめて 同じ時代を生きていることを感じたい」。あれ、完璧では??
・和久さんもいない、室井さんもいない、すみれさんもいない、そんな踊るは踊るなのかという当たり前の問いに対して、「じゃあお祭りムービーだから皆戻しましょう」ではなく、「いなくても踊るだ」にするには、青島に最大限ドラマの重心を置くことにしたんだと思う。ものすごく個人的な話にしてきたという印象。
・こと青島のドラマとその演出は本当にいいんだけど、踊るブランド由来のある種の賑やかさがそれを大きく包み込んでしまっている。もっとウェットにした方がわかりやすかったかもしれないと思うし、室井二部作を見ても君塚さんのやりたいことってこっちの方になってるんじゃないかとも思うが、うまく商業化するために色々欲張り幕の内弁当にした結果、色々な要素のチグハグ感が目立っているのかもしれない。
・でも、私はこの青島周りのドラマについては本当に刺さってしまった。OD2のようなスペクタクルがあるわけでもないし、OD1のような緻密さには及ばない。けど、OD3やFINALなどで描かれた様々な場面があってこそのN.E.Wだと思うし、その間には14年近くの時間経過という反則技がある。観客もこんだけ年数あれば変わるし、その変化は決して楽しいものばかりではなかったはずなのだが、そういった悲哀を受け止めるにたる青島おじさんの渋み。New Evolution Worldとはよくいったもんですわ。次回作がめっちゃ楽しみです。
